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日本中を踊らせる!? FISHBOYに聞いた、 ダンスで社会課題を解決する方法

ダンスはお金もかからないし、 モテそうだなと思って始めました(笑) 杉原:今までちゃんと聞いたことがなかったけど、そもそもダンスはいつから始めたのですか? FISHBOY:しっかりやり始めたのは、まさに思春期の中学2年からですけど、実はその前にちょっとだけカジったことがありまして。小学校2年の時に、父親からムーンウォークを習っていたんですよ。 杉原:それ、面白いですね(笑)。動画とか残ってないんですか? FISHBOY氏は、普段からビジネス的なアドバイスを杉原に求めることもしばしば。 FISHBOY:残念ながらお見せできないですけど、ムーンウォークは、当時、親の転勤が多かった自分にとっての処世術の一つで。学校でムーンウォークすることで、人気者になれたんです。 杉原:なるほど。それで中学になってから、またダンスをやり始めたのには、何かワケがあったんですか? FISHBOY:人と違うことがしたくてバンドとかもやっていたんですけど、楽器はお金がかかるし、自分はどうも向いてなさそうだと感じて。そんな時に、デパート街でグルグル回るブレイキン(ブレイクダンスのこと)をやっているお兄さんたちを見て、これだ!と思って。はじめるのにお金もかからないし、モテそうだ!と(笑)。 杉原:今度は処世術ではなくて、手っ取り早かったってことですね(笑)。 FISHBOY:そうです。それで、まずは本屋でダンスの本を探して一生懸命やってみたんですけど、うまくいかなくて。なぜなら、その本はビデオを見ながらやるための解説本だったのに、ビデオが付いてなくて。 杉原:今じゃ考えられない(笑)。 杉原も最新のダンスシーンに興味津々。 ブレイクダンスを習っても “カサコソ”ばっかりの日々 FISHBOY:本の最後にスクール紹介が載っていたので、地元の練馬区を探したら、日焼けサロンの営業終了後に開校しているところを見つけたんです。親には内緒で、お小遣いがなくなるまで、とりあえず行くことを決めました。 杉原:中学生が自分で貯めたお金で、ダンススクールに通うって、それは凄い。行動力は、他の人より抜きん出ていますよね。

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ペットにも救急医療を。パイオニア・中村篤史獣医師の挑戦

動物病院にはERの概念がなかった 杉原:今回『情熱大陸』を見た方もいらっしゃると思うのですが、改めて中村さんのお仕事についてお話しいただけますか。 中村:一番大きな違いは、夜間であること、そして救急医療専門ということです。 杉原:一番大きな違いと言われますが、どんな風に違うのでしょうか? 中村:翌日まで待てずに我々のような夜間診療に来るというのは、よほどのことです。ですから、ある程度重症例だと思って対応するのが僕らの仕事です。 杉原:ノンバーバルの動物が急激に何かしらの異変をきたしている時って、もう飼い主はほぼパニック状態ですよね? 僕もずっと犬を飼っていたのでその気持ちが分かります。夜間だと特に心配になったりします。 中村:僕が夜間診療に携わるようになってから最初に思ったのは、夜間診療の時間帯は、日中より重症として来院する割合が多いなと感じました。これはもう日中診療の当番枠だけで上手くいくレベルではないし、短時間で原因を追究して、そこから生命を維持するところに引き戻すことが必要だと感じました。 そもそも人間でも救命救急科、ERってありますよね。僕らの業界のERが日中診療の延長線でいいのか?というところにまず疑問を感じたんです。 杉原:人間でいうと、緊急性があれば、CT、MRIの設備があって救命の医師が常駐する場所へ行くというERの文脈がありますよね? 中村:そう、その概念が動物にも必要だと。というのは、獣医には歯科や耳鼻科などがないので、街の動物病院は小さくても総合病院です。確かに救急も受けていたけれど、救急を分野として確立して、よりハードな症例に対して助けていく学問自体が存在するんじゃないかと。昼間の先生が代替で夜間に対応するのではなく、救命救急という分野を作らなくてはいけないと思いました。 杉原:いまペットは、家族としてよりインクルーシブになっている流れがある。ペットという言葉すらなくなってきていますよね。10年前にペットのためのERが必要だと思ったきっかけはあったんですか?

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【岸田奈美さんインタビュー】下半身麻痺のお母さんとダウン症の弟さんとの日々を 綴った記事が「note」で人気の 作家・岸田奈美さんに聞きました! | arTeaTreaT

これ、人によっていろいろ事情が違うと思うので一概には言えませんが、わが家の場合に限って私の本音を言わせていただくと、ダウン症の人って実はほとんど困ってないんじゃないかな? と思っているんですよ。もちろん重い合併症などがある場合はぜんぜん話が違ってくると思いますが。というのも、私の弟はめちゃくちゃ楽しそうで全然困ってないんですよ。もし困っていることがあったとすれば、彼はお風呂が好きなんですけど、最近まで大浴場のロッカーの仕組みがわからなくて一人でお風呂に入れなかったということだけ。本当それくらいなんです。でも、お母さんは一時期辛かったらしいです。何が一番辛かったかっていうと、競争があるところに行った時だと。保育園で健常の子たちとの差が見えてしまったり、ダウン症の子のコミュニティでお母さん同士が「うちの子、これだけ話せるようになったよ」とか「うちの子はこの子よりマシだ」と内心競い合ったりしていて、それが辛かった、と。で、ある時あるお寺が経営している保育園に弟を連れて言ったら、そこは障害とかまったく関係なくみんな同じように扱って、困っているところだけ手伝ってくれたそうで。弟がすごく楽しそうにしている姿を見て、お母さんは「ただ自分が他の子と比べて辛くなっていただけだった。この子が楽しければそれでいい」と気づいたようです。もう比べることはしない。もし他の人から比べられてこの子が辛い思いをしていたら私が守ってあげよう――そうと決めてからは、気持ちがまったく変わったそうです。私、人を愛するというのは、愛せる距離を探ることだと思うんです。例えば、娘を愛すか愛さないかじゃなくて、この娘のことを一番愛おしく思える距離ってどこなんだ? というふうに。まず、私は、人生は自分が幸せにいるためのものだと思っているので、家族とか責任とかに引っ張られるんじゃなくて、まず自分がどういう状態になったら一番心地いいかっていうのを大事にしていて。親子で、特に日常生活でケアが必要な相手だと、近くにいないとダメって思ってる人多いと思うんですけど、一緒にいればいるほど愛を注げば注ぐほど、嫌いになっちゃう時もあると思うんですよ。うちのお母さんも任せられるところはむっちゃ人に任せてましたよ。ただ、これって押しつけるのとは違って歩み寄ることだと思うんです。お母さんは、弟に困った時に人に「困っている」と自分で言える子で

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どん底から這い上がった人気アイドル・仮面女子 猪狩ともか、新たなプロジェクトが始動

〝日本には優しい人が沢山いる〟 杉原:以前、TBSのラジオ番組でご一緒して以来ですね。お久しぶりです。あれ、車いす、 変わりましたか? 猪狩:そうなんです。あの時は注文している最中で、仮の車いすだったんですが、やっと届きました。こちらが私の車いすです。 杉原:すごくいいのを買われましたね。 猪狩:そうですか。ありがとうございます。 杉原:そして、ものすごく車いすがきれい。こんなにきれいに使っている人、会ったことがないです。僕が良く会う車いすユーザーはおじさんが多いからかな。もう、ぼこぼこの方が多くて(笑) 猪狩:褒めていただいて嬉しいです。実は、毎日拭いているんです。 杉原:やっぱり! おじさんたちは車いす拭きませんからね。軸のためにキャスターだけは守ろうと思うのか、そこだけはしっかり拭いたりされていますけれど。 見えてきた人の優しさ 杉原:今日はいろいろとお話しを伺いたいなと思ってきましたが、まずは、車いすユーザーになられて、ものの見方が変わったり、見える景色が変わったなというようなことはありますか。 猪狩:世の中に優しい人が沢山いるんだなということは見えるようになってきました。先日、猫の譲渡会に行ったのですが、会場となったところが階段を少し登らないと入れない建物だったんです。自分では登れなくて、車を止めに行った家族を階段の下で待っていたのですが、そうしたら「何か手伝いましょうか?」と声をかけてくれる人がいたんです。車いすごと階段を持ち上げるのって、ちょっとした坂道で車いすを押してもらうのとは訳が違うじゃないですが。私の重さプラス車いすの重さを持ち上げなくてはならないので。 杉原:そうですよね。慣れていないとキャスターが回っちゃったりするから大変なんですよね。重たい荷物を持つのとも訳が違いますよね。 猪狩:そうなんです。だけど、そこにいた人たちが協力して階段の上まで運んでくれたんです。本当に助かりました。そんな風にちょっとした段差とかで手を差し伸べてくださる方と多く出会えていて、いつも助かっているし、優しい人って結構いるもんだなと。 杉原:なるほど。日本人は手助けすることが苦手な傾向があると僕は思っていたのですが、猪狩さんの話を聞くと、そうでもなくなってきているのかな。 猪狩:私はわりと出会えています。優しい人たちに。

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「半分、青い。」に登場した、ピアノを弾くロボットハンドの生みの親とは?【the innovator】後編

答えのないものに取り組む 深谷氏は東京生まれ。父親が技術屋だったため、子どもの頃から工場で遊んでいたという。ものづくりが好きで、東京都立航空工業高等専門学校(現東京都立産業技術高等専門学校)に入学。3年生のときに「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)」で全国ベスト8を勝ち取ったことがきっかけとなり、ロボット開発の道へ進んだ。東京農工大学機械システム工学科で学び、同期が立ち上げたベンチャー企業を手伝った後、母校に戻り教鞭を執ることになった。 「高専や大学でいい先生に恵まれたおかげでいまがあるので、その恩返しというか、次の世代への橋渡しがしたかったんです」 授業で大事にしているのは、答えのないものに取り組む姿勢を育むこと。最近の学生は子どもの頃にものづくりをした経験が少ないので、できるだけ多様なものをつくる課題を出しているという。 「たとえば、“3階から卵を落としても割れない構造を、10センチの箱でつくってきなさい”といった課題を出すと、生徒たちは“自分が一番いいものをつくる”と目を輝かせて取り組みます。箱の中に気泡緩衝剤を入れたり、ポップコーンを使ってみたり。そういった試行錯誤が意外なところで将来の研究に役立ったりするんです」 深谷氏の研究にも学生たちが携わっていて、前編で紹介したピアノを弾くロボットハンドの調整は学生と共に行ったという。撮影現場の雰囲気に刺激を受け、より良いものにしようと更に研究を進めているそうだ。 義手を必要としている人々を 落胆させてはいけない 深谷研究室で行っているのは、ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究だ。「人助けがしたい、福祉にまつわる研究がしたい」という学生が多かったことから、研究室の専門テーマに据えた。 「私自身も東京農工大学時代に福祉分野の研究に取り組みましたが、やればやるほど難しいと感じました。たとえば、足に障がいのある方が“階段で苦労しているんですよ”と言うのを聞いて、階段を軽々と登れる靴を開発したとします。しかし、その機構が入った分靴は重くなり、普通の道を歩いているだけで疲れてしまう。そういったミスマッチが多い世界なので、福祉器具を必要としている方から厳しい意見をいただくこともありました。

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椅子だって医療がつながる!野呂影勇教授が語る“人間工学の力”

杉原:本日はよろしくお願いします。まずは、先生のこれまでの研究についてお話をうかがえますでしょうか。 野呂:医学と人間工学について。整形外科は、X線やMRIなどを使い身体を調べて、どこが悪いか、身体とくに筋骨格系に関する疾病を診断することには卓越しています。しかし、その疾病の発症の原因、それがどういう日常生活環境から出てきたのかということにはあまり関心がないことが多いです。医者はそういう教育を受けていないですから。僕の場合は、早稲田の理工の出身で、その後は慶應義塾大学に移り、研究を進めました。慶應は医学部を持っていますから、ここで、医学との出会いがありました。工学の我々が強いのはモノづくりで、医学と繋がるところがいろいろと出てくる。例えば、疾患の原因が日常の座り方の悪さということもありえますよね。椅子に座ることは、お尻と関係があり、どういう筋肉や骨があって、お尻の外形があるかに深く関係しています。コンテンツを充実させることに人間工学は強い。一方、外形は外観の良さに関係して商品として真っ先に必要なのです。そこはいわゆるインダストリアルデザイナーの方が得意としているわけです。 杉原:まさに僕ですね(笑)。 野呂:そうです。インダストリアルデザイナーと我々人間工学──やっていて気が付いたのですが、お互いに敵と味方のような関係ですね(笑)。しかし、インダストリアルデザイナーの人たちの方が飯を食うのに長けている。 杉原:ありがとうございます。 野呂:インダストリアルデザイナーの方たちは、出身がスモールオフィスの方が多く、自立してやっていらっしゃる。ところが、人間工学を研究している我々を大学が雇ってくれている、という体制ですから、飯は授業で(笑)。その違いは大きいです。

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リハビリの常識を変える『モフ測』は、いかにして誕生したか

医療現場で見つけた「見える化」というヒント 今年3月にサービスを開始した「モフ測」。この一大プロジェクトを動かす原動力となったのが、あらゆる可能性を秘めた「モフバンド」の存在だ。 株式会社Moff(以下モフ)がクラウドファンディングをきっかけに、2014年に商品化した「モフバンド」。当初は3Dモーション認識技術を用いたスマートトイデバイスとして展開し、「モフバンド」と連動した教育向けアプリやゲームアプリなどを次々に展開してきた。これまでにないIoTデバイスとして世界的にも注目を集めてきた「モフバンド」だったが、ヘルスケア分野からのアプローチで関心を持ったのが株式会社三菱総合研究所(以下三菱総研)だった。 このプロジェクトをゼロから立ち上げた鈴木氏はこう振り返る。 「当社がベンチャー企業への提案や出資だけでなく、プロダクトづくりも含めた協業を推進し始めていた頃に出会ったのがモフでした。当時、モフの社内でもモフバンドで蓄積できるデータをヘルスケア分野で活かしたいと考え、介護施設と連携して高齢者の身体データに関する研究が始まっていました。そこで、ヘルスケア分野で専門的なバックグラウンドのある当社のノウハウも活かした形でのタッグが実現しました。まずは、モフバンドがリハビリの現場でどう活用できるのか、専門とする大学教授の方々やリハビリ現場でヒアリングすることから始めました」 リハビリといっても外科手術を行う病院やその後のリハビリを中心とした病院、介護施設もデイサービスや入所施設など、その現場やユーザーによってリハビリの内容やニーズはそれぞれ異なる。様々な施設の見学やヒアリングを重ねる中で、「ユーザーのモチベーションを引き出すリハビリの見える化」という医療リハビリ向けの新たなサービスのコンセプトが固まっていった。 求められるのは、手軽かつ精密さ

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